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大阪高等裁判所 昭和49年(ラ)372号 決定

抗告人 関よしみ(仮名) 外一名

主文

原審判を取消す。

抗告人らの氏を「石川」に変更することを許可する。

理由

一  抗告の趣旨および理由

別紙記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

抗告人らが本件氏の変更を求めるに至つた事由についての当裁判所の認定は、原審判第二項(2)(本件事実関係)記載の事実と同一であるから、同部分を引用する。

以上によれば、抗告人らは三〇年近くにわたり「石川」の氏をもつて社会的活動を継続してきており、養親石川チズ子は抗告人らが石川姓を称することを許容しており、また、抗告人らが離縁後も「石川」の氏を称したからといつて養親との間に混同を生じるおそれのある事情もみあたらない。そうだとすれば、養子縁組の離縁に伴う復氏制度の強行法規性を考慮しても、右のような事情のもとにある抗告人らに対し「石川」の氏を使用させないことは種々の不利不便を強制することになり社会通念上著しく不当であつて、抗告人らが現在の氏「関」を「石川」に変更するについて、戸籍法一〇七条一項のやむを得ない事由があるものと認めるのが相当である。

よつて、氏変更の許可を求める本件申立は理由があるから認容すべきところ、これを却下した原審判は不当であり、本件抗告は理由があるから、原審判を取消して本件氏の変更申立を認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 増田幸次郎 裁判官 仲西二郎 福永政彦)

参考 京都家 昭四九(家)一九五一号 昭四九・一一・二〇審判

主文

申立人両名の本件申立をいずれも却下する。

理由

1 本件申立の要旨

申立人らは、約三〇年間養親の氏を使用し来たり、これにより右氏は申立人らの通称化しているから所謂通称永年使用という事由、および別紙記載の事由により、右養親の氏と同一文字呼称である「石川」に氏の変更することの許可を求める。

2 (1) 離縁による復氏と氏の変更の関係

まず、上記復氏は親子同氏原則に準ずる改氏(民法八一〇条)の縁組解消による還元制度であつて、民法八一六条の直接当然の効果として発生する関係者の処分選択の余地のない性質のものであり、しかも身分変動関係公示という重要機能をももつものであるから、その立法論的是非は別として、解釈論としては軽視しえない強行法規ないし制度というほかない。また、氏は上記公示機能を有する外、元来社会生活における個人の同一性識別機能を有する呼称手段である点よりすれば、復氏現象は単なる戸籍面上の記載変動のみでは足らず、社会的法的生活関係上の継続的実在現象でなければならない。そうだとすると、もともと制度一般と同じく復氏制度も復氏者に生ずる不利益は、当然予測の上敢えて設けられているものとみるべきであるから、氏の変更の態様により、その結果、上記強行法規回避(脱法)の結果を生じ、上記身分公示原則をみだし身分生活関係の安定を害さないとも限らない場合には、特段の事情(上記法規と公示をめぐる公益に比し、復氏者の損害が過大にすぎ、これを他の私法上の処理(損害賠償など)に委ねるだけではかえつてより大きな公益に合致しない場合など)がないかぎり、原則として戸籍法一〇七条のやむをえない事由を阻却するというべきである。

(2) 本件事実関係

申立人ら、石川正之助の各戸籍謄本、京都地裁昭和四〇年(タ)第二二号離縁請求事件判決正本、確約書と題する書面、申立人ら作成の上申書、調査官の調査報告書によれば、つぎの事実が推認される。

(イ) 申立人よしみは、昭和二一年六月一日郵便局経営の養父石川正之助(明治二八年五月二四日生、昭和三九年四月一五日死亡)と病弱のうえやや神経質で、きつい性格であつた養母同チズ子(明治二八年一二月五日生)夫婦の養女となり、昭和二二年三月一日申立人義一(旧姓内田)と婿養子縁組婚姻をなし、この直後より養父母方である京都府○○郡××町大字△△△小字○○八番地で養父母と同居し、申立人義一は、郵便局の人手不足のため夜間の電報配達を手伝わされることが多かつた。

(ロ) 申立人義一が教員であつたところ、申立人夫婦は昭和二三年三月頃、前同郡○○××町へ転勤し養父母と別居することとなり、以後とくに呼び出された以外には住来は全くなく、昭和三五年頃肩書地に自宅を新築し、居住の本拠となし現在に至つている。

(ハ) 養母チズ子は前記最初の転勤別居を計画的悪意の遺棄として、別居の翌月である昭和二三年四月頃申立人夫婦を相手方として離縁を求める家事調停の申立をなし、右調停は数回話し合いの末不調となり、ついで養父正之助は、翌年四月二五日、同三〇年一月一三日付公正証書遺言で、申立人夫婦につき相続廃除をなし、財産をチズ子に遺贈した。

申立人らは、上記遺言執行者の財産分配案に応ぜず、昭和四〇年頃遺留分減殺請求の、チズ子もまたこれに対抗して離縁の各家事調停の各申立をなし、いずれも不調となつた。チズ子は昭和四〇年京都地裁に同年(タ)第二二号離縁請求訴訟を申立人夫婦に対し提起し、同四七年三月末日悪意の遺棄まで認められないが、縁組を継続しがたい事由ありとの理由で勝訴し、その控訴審で和解し、申立人らに対し二三〇万円を支払い、同四九年七月三〇日協議離縁をなした。

(ニ) 上記一審勝訴判決は、チズ子と申立人らの関係について、縁組同居当時は上記チズ子の性格の関係上、波風が全くなかつたわけではなかつたものの、格別のことなく順調に経過していたが、昭和二三年三月の転勤の際、申立人義一らは家族全員で転宅する旨を直前になつて養父母に告げ、同人らよりチズ子が病床にあるうえ、上記郵便局の手不足事情等から転勤を思い止まつてほしい旨こん請されながら、養父母に十分納得させる努力をつくさないまま、さらに、申立人らの荷物を一部残してほしい旨、あるいは、どうしても転居するなら離縁して行つてほしい旨の養父母の言辞にかまわず、申立人家族の荷物全都をもつて転居したところ、チズ子ら養父母はこれに立腹し、上記調停等の行為に出たものであり、その後も申立人らは昭和三九年三月頃養父正之助が入院病状悪化を知らされたにも拘らず、見舞いに出向かず、さらに翌月死亡するに至つても葬式に出席したものの、費用負担、手伝い等の行動にでなかつた旨認定している。

(ホ) 上記和解において、別にチズ子は申立人らの要望により、同人らが石川姓を称することに反対しない旨約し、またこれに対し申立人らはチズ子および亡正之助名義の財産につき一切の請求をしない旨約している。

(ヘ) チズ子は上記訴訟提起後の昭和四二年一月、親戚関係筋の松岡治夫と養子縁組し同人を自らの郵便局員として勤務せしめ、ついでその妻とも養子縁組し、治夫夫婦に死後を託している。

(ト) 申立人義一は、同三九年五月一五日まで、小、中学校教諭を、その後同四三年度末まで府教委指導主事を、その後同四七年度末までの間、小学校教頭を三年、中学校教頭を一年、その後中学校長となり、現在に至り、この間、勤務学校の外、外部の各種教育関係会の役員や会長を、また体育連盟等の会長等を歴任し、比較的広範な活動をしている。

(3) 戸籍法一〇七条のやむをえない事由の存否。

以下、申立人らの主張に関連しつつ(一)の原則に照らし(二)の事実関係より考える。

(イ) 石川姓が通称化しているとの点については、通称とは本来の氏がありながら、これ以外の別個の呼称を通名として使用する場合をいうのであつて、本件がこれに当らないことは明らかである。(ロ)生存養親間の離縁と復氏の点については、既に有権解釈(昭和二四年九月九日民甲二〇三九号民事局長通達)で肯定的に戸籍実務上処理されているから、右処理を争う外ない。(ハ)養親の同意について。まず、上記復氏制度の強行法規性から直ちにやむをえない事由の積極的要素とはなりえない。ただ、養親養子双方が養親の氏につき、雅号、商号的競合利益を有するときに限りこの利益上の養子の復氏による損害の評価において、上記同意がかかわりあいをもつところ、本件では上記競合利益がもともと認められないから、この点でも上記同意は格別の意味をもちえない。(ニ)(1)の脱法、公示原則違反の点。本件申立は、協議離縁前よりあらかじめ予定されていたものであり、しかも離縁後わずか二ヶ月余で予定どおりになされたものであることは、上記認定のとおりであり、また、離縁後の社会生活関係において申立人らが、本件申立が認容されることを予定して、通称として「石川」姓を使用していることは上記認定事実より推認されるところである点よりすれば、上記(1)記載の復氏制度の回避(脱法)結果を招来し、身分変動公示の原則をみだし、身分生活関係の安定を害さないといえないものというべきである。(ホ)申立人ら、就中義一の復氏による損害の態様程度。上記(2)の事実関係よりすれば、なるほど義一は教育関係外部的社会生活において、相当程度活発な活動をしていることは認められるけれども、他方、かかる活動が石川姓に極めて密接に依存しているものとも認められず、また、活動分野も教育関連界という限られた範囲であり、しかも、復氏により生じうる義一の同一性識別の混乱による損失の質と量は、義一の感情の評価は別として、芸術的、営業的、政治的活動におけるそれの比ではなく、さして大きいものと認めるに足る資料もなく、ひるがえつて、かかる申立人夫婦の復氏による損失は復氏通知の周知徹底という比較的容易簡単な手段方法により、または、放任された行為ともいえる通称として「石川」姓を併用することによりさけうる性質のものであるのみならず、もともとかかる復氏の原因たる離縁自体が上記(2)事実関係よりすれば、その離縁原因において、申立人ら夫婦の態度が相当程度の誘発事由となつており、相手方たる養親の一方的帰責事由によるものでないことが推認されるから、かかる自らの誘発した離縁ひいて復氏による損失は甘受すべき側面を有するというべきである。(ヘ)結論。以上の諸点、就中(ニ)、(ホ)を併せ考えれば、未だ復氏、身分公示をめぐる上記公益をぎせいにしても、保護さるべき申立人らにおける私益は認めるに足らず、他に特段の事情も認められない本件においては、未だもつて戸籍法一〇七条のやむをえない事由ありというに足りない。

よつて、本件申立はいずれも理由なく、却下することとし主文のとおり審判する。

(家事審判官 杉本昭一)

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